【剣の王国】難解表現まとめ

難解表現を集めました。
できる限り解読してみたいと思います。


【目次】

91話、イエンシェン記の引用

91話では、モコ婆が、「イエンシェン記」という叙事詩からある賢者の言葉を引用し、アルフレドが同じ賢者の言葉をもって応戦(?)していました。

◆先に「叙事詩」の説明

  • 叙=順番に述べる。
  • 事=出来事。
  • 詩=叙事詩における詩というのは、「韻文」の形式をとる。
  • 韻文=一定のリズムを持ち、形式の決められた詩。和歌や俳句など。
  • 内容は主に、英雄伝や歴史的出来事。
  • 叙事詩の構成は、①物語の途中から書き始め、②発端を回想し、③結末と、未来の予言で終わらせる、という特徴がある。

◆モコ婆の引用

かなしみや怒り
すなわち苦痛は
リリアナかわの如し
止めもなく流れ
大海たいかい
復復またまたすくい上げることあたわず
人の世もまたしか
《イエンシェン記叙事詩 第34節》

怒りや哀しみ
つまり苦痛というのは
リリアナ河のように
止め処もなく流れ
海へと帰り
二度とすくい上げることはできない
人の世もこれと同じ

【解釈】
これは、モコ婆の「お前さん、王都エメラルドで馬鹿やったら死ぬよ」という台詞の後なので、なんとなく言いたい事がわかります。
人を苦しめる感情も、川のように流れ、いつしか忘れるもの。
だから今の感情に囚われず、馬鹿なことはよせ――って感じですね。

アルフレドの返し

『王よ、我は千夏せんかを越えし大樹の根、星降る上層でつぼみたちの叛乱はんらんを夢想する。これ我の希求ききゅうせし物語。』
《イエンシェン記叙事詩 第245節》

王よ、私はもう老い先短い、後は天国から若い人らが叛乱するのを夢見ることにするよ。これが私の最後の願い。

【解釈】
自分の事を、「千夏を越えし大樹の根」と例えていますが、木というのは、枝の先へ行くほど若く、根に近いほど古いですよね。
それと、叙事詩の構成で言うと、34節が①で、245節はもう③っぽい内容ですよね。
この賢者は34節で反乱を起こす事を諦め、しかし死期が近づくと、その事をとても後悔してしまったんですね。「希求せし」って言葉がその後悔の強さを表しているように感じます。

91話、ジルコニアの遺訓

破鏡、重ねて照らし、落花、枝に上る可し

【元ネタ】

落花枝に返らず、破鏡再び照らさず
一度落ちた花は、もう枝には戻らない。一度割れた鏡は、もう照らすことはできない。転じて、壊れたものや、死んでしまった人は、二度と元には戻らない。
別れた夫婦の例えとされていますが、元々は禅修行における迷いと悟りについての例え。

参考:No.2065【破鏡不照】ハキョウフショウ |今日の四字熟語・故事成語|福島みんなのNEWS - 福島ニュース 福島情報 イベント情報 企業・店舗情報 インタビュー記事
つまり、破鏡=修行中迷いが生じたものは、二度と戻らない=常に迷ってしまうということ。
逆に言えば、修行を脱し、悟りを開いたものは、二度と迷うことはない。

【解釈】
つまりジルコニアが言いたいのはこの「逆に言えば」かなって思うんですけど。
どうかな。違ったりして。
(92話を読んでから追記)
やっぱり違うっぽいです。
この言葉の前後を見るとなんとなく言いたいことがわかってきます。
「破鏡~」の台詞の後、彼女はこの国の災いを予見し、そしてモコに絶対に生き抜いて欲しいという旨を伝えます。
なのでこの言葉の真意は、
「どんな逆境が訪れても、諦める必要はない」
こんな感じの響きに聞こえてきます。

因みにこの諺は英語だと「What is lost is lost.」なんだそうです。
92話のタイトルはこれを踏襲してるんですね。

109話、二番目の魔女による情念の考察

すべての出来事には理由がある
かかる命題は
本質的に形而上学的概念であるが
相関関係が因果性を含意する場合に於いてのみ
自身の行動に対する安寧たりる。
それはまさ
メタ認知とアレキシサイミアの狭間でもがき続ける我々の姿そのものである。
────二番目の魔女著『情念に関する帰納的考察』より

【用語】

命題(めいだい)
真か偽を問うことができる文章。
例えば、「ドロテーアはドワーフである」という文は、嘘か本当かを問える文なので命題といえます。「ブーメレンに行きたい」は願望文であり、真偽を問える文ではないので命題ではないですね。
形而上学的概念(けいじじょうがくてきがいねん)
形而上=形のないもの、五感で捉えることができないもの、精神、観念、思考。形而上学=それらの本質を捉えようとする学問ないし哲学。神、世界、存在、霊魂などが主なテーマ。(とりあえずは「哲学」のことだと認識しても大丈夫そう)。
形而上学的概念の例】
例えばこの世界には「因果応報」という考え方がありますが、本当に「因果」が「応報」してるか、本当にそんな原理が働いているかどうかなんてほぼほぼ確かめようがないですよね。それを追求しようとするのだから、二番目の魔女は、「すべての出来事には理由がある」に対して命題をかけるのは、形而上学的概念だと言ってるんですね、多分。
相関関係(そうかんかんけい)
一方が変わればもう一方も変わるという関係。
因果性(いんがせい)
原因と結果に繋がりがある関係性。あるいは「何事にも原因があるとする原理」。
含意(がんい)
任意の命題pとqについて、pが真であれば常にqも真であるとき、pはqを含意するという。
※「相関関係は因果関係を含意しない」という語句は、科学や統計学で使われるものだそうです。(wikipedia:相関関係と因果関係)
※例えば、「①ドロテーアが酷い目にあう、②パンチネロが怒る」という二つの事象が、ともによく起こるというデータがあったとして、旅を重ねた彼らには信頼関係(特にパンチネロはドロテーアを大事に思っている)という因子があるので、①が原因で②の結果を招くことには因果関係が「ある」と言えます。逆に、彼らがまだ出会う前ならどうでしょう。
同じタイミングで①と②が起こったとしても、それは単なる偶然です。これは因果関係が「ない」と言えます。
もう一つ、ちょっとメタい言いかたをすれば、①と②には、「そういう設定だから」という共通の原因がありますが、この場合でも「①→②は因果関係を含意しない」となります。
安寧(あんねい)
無事で安らかなこと。
メタ認知(メタにんち)
自分自身の思考や行動を客観的な視点から認識すること。
アレキシサイミア
「失感情症」という日本語に訳されているそうですが、正確には感情を失っているわけではなく、感情を「認識」できていない状態。厳密に言うと、「心の変化=情動」は感じてはいるが、この情動がつまり何の感情を表しているのか、よくわからない、といった状態です。この状態である人は、他者への共感が乏しく、空想力や想像力に欠ける傾向にあるそうです。
情念(じょうねん)
受動を語源に持つ。強い感情。デカルトの定義によれば、驚き、愛、憎、欲望、喜び、悲しみの六つの基本的な感情。これらの感情は本人の意思に関係なく心に湧いてくるものですよね。
帰納的(きのうてき)
個別・特殊な事例から、一般的・普遍的な規則・法則を見出そうとする推論の方法。いつぞやの「演繹(えんえき)」と対をなす方法。

【解読】

すべての出来事には理由がある
かどうかは
本質的に明確な答えを見出せるものではないが
理由が明確な場合においてのみ
自身の行動に対して安心を覚える。
それはまさ
自己の解釈に
悩み続ける我々の姿そのものである。

【意訳】

人が世の理(ことわり)を追求するように、人はまた己の理(ことわり)を追求する。
どうしても理由を求めてしまう。

【モデル】
読んだことはないんですが、デカルトの「情念論」がモデルですかね。
デカルトは、とある公女(文通相手)からの質問をきっかけに、「情念」の研究をすることになりましたが、二番目の魔女にも「情念」を研究する何かしらの動機があったんじゃないかと思います。
例えば彼女の姉はなぜあのように欲求に忠実な人になってしまったのか──とか。
あるいは「愛のSPELL」を解き明かすためとか。SPELLは基本的に自然環境に働きかけるものが多い気がしますが、人の精神に働きかける領域のものはなかなか特異点じゃないかなと思います。
ましてやカリバーンに選ばれた人なので、女王はああいう人なんだと周囲は思考停止しますが、身内である彼女は、女王の本質に向き合っているんじゃないかと、思う次第です。

115話、サーカス開演の冒頭

紅い風と天地に身を任せず
汝、言霊を綴りたくば
覚悟せよ

夜雨の下を舞う 羽虫の如く
また、水垢を舐める窮鼠の如き
営みを己のものにせん

願わくば汝に
慈悲深き神の慰撫のあらんことを

【用語】

紅い風
風というのは、風潮のことを言ってるんだと思います。では「紅い」が何かというと、「熱気」のことじゃないかなと思います。激しい風潮が支配する世の中では、それに逆らうのは容易ではないですよね。
天地
上と下。従って上下関係のことを言っているのかなと。剣の王国には身分制度が存在していますが、そこから抜け出すのはすなわち国民であることをやめる=奴隷、あるいは差別階級に身をやつすことになります。
汝(なんじ)
同格または目下の者を呼ぶときの、古典的な二人称。
言霊(ことだま)
言葉には、霊的な力が宿るとする考え方。良い言葉を発するといいことが起こり、不吉な言葉を発すれば悪いことが起こる。声に出した言葉によって現実の事象になんらかの影響を与えると考えられている。
営み
行い。ここでは生きるための行為や生業。
~せん
これは古い言い回しの「~せむ」が変化したもの。この「む」が表すのが意志の助動詞である場合は「~しよう」とか「~するべきだ」という意味になるが、文脈的に推量じゃないかなと思うので、「~だろう」と読み取れる。
慰撫(いぶ)
なぐさめ、いたわること。

【解読】

世間の風潮や、社会から抜け出し
世の中を変えようと意見を主張するなら
覚悟が必要だ

暗く冷たい夜雨の下を舞う羽虫のように(家がないとも解釈できる)
はたまた水垢を舐める追い詰められたねずみのように(食糧にありつけないとも解釈できる)
生きるためにそういう行為をすることになる

願わくばあなたに
慈悲深き神の慰撫のあらんことを

【解釈】
世間の風潮に煽られ、決められた身分を全うし、それら身を任せているかぎり生活は保証される。しかしこの「汝」にあたる人物は世の中を変える必要があると考えたんですね。115話で言えばあの観衆の熱気はまさに「紅い風」という感じがします。
社会の思惑のために生かされるのか、志しのために自身の安寧を捨てることができるのか。

130話、アルフレドの言い回し

ドジ女アイツの選択を軽んじるな」
(選択でなく誘導だと突っ込まれる)
「俺がここに連れてきたのは要因であって原因じゃない」
「因果性の起点が外部環境の変化のみに限定されるっつー議論は」
「非合理的かつ非実在主義的」
「またそれは逆説的に」
「あの女の主体性を否定してるぜ」

【解読/解釈】
「アイツの選択を軽んじるな」とか「主体性」という言葉に挟まれているので、なんとなく言いたいことはわかります。野暮かなと思いつつ一応解読してみたいと思います。

これを読み解く前に、ドロテーアはアルフレドから、「何があっても絶対に席を立つな」と言われているので、彼女はサーカスに乱入する時に、①行くべきか、②行かざるべきか、を選択しているはずです。
ここで彼女は①を選んだことで、窮地を招くという状況を生み出しました。つまり窮地を招くルートに入ったんです。

この①と②の分岐点に来るまでに、アルフレドがサーカスに連れてきたことや、サーカスでデスゲームが行われていることや、商法典が改正されたことや、女王が即位したことや……この辺にしておきましょうか、とにかく色々な「要因」があります。(ドロテーアを中心に考えた場合はこれらが「外部環境の変化」です)
そしてドロテーアが①を選ぶ、というのも「要因」の一つに含まれます。(こっちが内部ってことになりますね。)
これら全ての「要因」は、「窮地を招く状況」を引き起こす「条件」と言ってもいいですね。
この条件のうち、①を選ぶという条件が抜け落ちてしまえば、窮地を招くことにはなりません。したがって窮地を招く「因果性の起点」は①を選択することにあります。①を選択したドロテーアの決意が主要となる要因だと、アルフレドは言っているんですね。「根本原因」と言えます。

その他の用語は
非合理的→馬鹿げた議論だ
非実在主義的→肝心の「本人」の存在を無視している
と言い換えられるかなと。

132話、アルフレドの問い

椋鳥むくどりふくろうの違いは」
「群れるか群れないか」
「では梟とたかの違いは?」
「解るよな?」

【この問いは】
一人サーカスへ飛び出し、窮地に陥ったドロテーアに対して、アルフレドから鎧化という新たな力を授かった時の問いかけでした。
この問の答えを求める場合は、ドロテーアがこれらの鳥の違いを①知っている、もしくは②知らないかどちらかにかかっているわけですが、そもそもアルフレドはクイズを出しているわけではないのは状況から言って明白です。ではアルフレドは何がしたいのかというと、アルフレドが①の前提なのか②の前提なのかで意味合いが違ってきますね。

【①ドロテーアは鳥の違いを知っている前提】
①が前提の場合は単純に梟と鷹の違いからアルフレドが言いたいことを推測します。
コメント欄ではかなりの方が考察されていたのでめちゃくちゃ参考になりました。
同じ猛禽類にして肉食、しかし生活スタイルも狩りの仕方も見事に正反対なのが面白い。

梟:夜行性、自分より小さい獲物を狙う、獲物を待つ、耳が良い、静かに狩る、非使役動物。
鷹:昼行性、自分より大きい獲物も狙う、獲物に向かう、目が良い、速度で狩る、使役動物。

梟は忍者みたいですね。確実性を優先し、自分ができる以上のことは望まない。反対に鷹のほうは、役目とあらば大きな敵にも向かって行く、まさに武士って感じでしょうか。

で、ここから何が言いたかったのかを考えてみたんですが、三つほど考えつきました。

a、ドロテーアは耳あてをつけられたことにより、聴覚を遮られた状態になります。なので「耳で聞くな、視覚で捉えろ」的なアドバイスをしたかったのかも?

b、意味もわからず鎧化されたドロテーアに対し、とりあえずの状況説明として、「俺は裏で(梟みたいに)暗躍するから、お前は(鷹みたいに)表で暴れ回れ」的なことを言いたかったのか?

c、自省を促したい→これはコメント欄でも一番支持が多かった考え方です。「群れを作る」というのは一つの生存戦略ですが、群れない鳥の場合も、個々で生きていくためには各々の戦略が必要になります。ドロテーアのように集団(群れ)から飛び出し、相手が弱いうちはいいが、いざ自分を上回る敵が出てきた場合――その場合の戦略がお前にはなかったんだ、的なことが言いたかったんでしょうか。戦略(俺)が必要だぞと。
なんだか、わざわざ問いかけの形式にしてるってのは、ドロテーアに考えて欲しくて(考える余地を与えて)、考えた上で、つまりどんな道なのか理解した上で、自分に着いてきてほしいって思ってるような(鷹=相棒になってほしい)。だとすればアルフレドを信じたいと言ったドロテーアへのアンサーになってますね多分。この回りくどさ is アルフレドって感じもしますが。

【②ドロテーアは鳥の違いを知らない前提】
②だった場合はかなり作為的です。まあ元々作為的なんですが。訳も分からないうちに鎧をつけられ、アルフレドの声が聞こえたかと思えばよくわからないクイズを出題し出す。しかも答えがわからないのにアルフレドは「解るよな?」と念押ししてくる。混乱しますよねこんなの。132話のドロテーアの反応を見る限り、②の可能性も結構あるんじゃないかと思います。

この場合、アルフレドのやりたいことは、クイズの出題でも、メッセージを伝えることでもなく、混乱させること自体が目的です。
あの切羽詰まった状況で仄めかしい問いかけをして、ドロテーアの思考を奪ってしまったんですね。余計なことを考えないようにしてしまうということです。

そもそも「銀の靴」を封じたのも、「席を立つな」も、ドロテーアを窮地に追いやるための布石としか思えないんですよね。
そしていざ窮地に追いやると、助け舟を出し、思考を奪い……この状況になった人間ってのは、助けてくれた人の言うことに従いやすくなります。それはもう生まれて初めて見た生き物を親だと錯覚するかのごとく。
あの耳あてをしている状態ってのも、アルフレドの声しか聞こえない世界で、「俺の指示にのみ従え」ってのを如実に表しているような。(まあ衝撃から耳を守る意味もあるでしょうが)

【③その他】
あるいは全部の意味を込めて「鷹になれ」?
いずれにしろアルフレドの思い通りで、もうほんと、このセリフ一つに集約しちゃうyoruhashi先生 is 鬼才!

135話、二番目の魔女の予見

「リスクは」
「付加価値マイナス蓋然性がいぜんせい
「少女が無価値なのか確信に満ちた手段なのか、その両方か」
「いずれにしても――」
「妹よ」
「あなたのかわいいお弟子さんには」
「少し失望しそうね」

【用語】

付加価値
ある商品やサービスに新たに付け加えられた、他にはない独自の価値。
蓋然性(蓋然性)
まず、
必然=100%その事象が起こる。
蓋然=ある程度の見込みでその事象が起こる。
偶然=思いがけずその事象が起こる。
必然と偶然はほぼ0か1かで認識できますが、蓋然には、その度合いによって「蓋然性が高い」とか「蓋然性が低い」という表現が必要になります。

【解読】
「リスク=付加価値−蓋然性」ということは
「付加価値=蓋然性+リスク」ってことですよね。

つまり、新たな価値を付加することは、「期待できる見込み」の他に、「リスク」も存在するってことなのかな。
だとすると、

付加価値→新しくアルフレドがやろうとしていること
蓋然性→アルフレドが見込んでいること、目論見
リスク→目論見以外に発生する事象、すなわち目論見が外れた時に発生すること

【解釈】
で、リスクを割り出した結果、「少女が無価値」としか思えないような結果が出ているってことですよね。リスクが大きいと。リスクが大きい手段を取ろうとしてる=万が一の場合、ドロテーアを失っても惜しくない。
この話、二番目の魔女が「仮死状態」を想定してる場合、結構しっくりくるなと思います。
リスク=失敗すれば言葉通り命取りになりかねない手段です。なので、万が一死んでも惜しくない=無価値、あるいは絶対そんなことにならない確信があるのかと、言ってるんですね。